鈴山古墳
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反正天皇陵古墳の東側にある同古墳の陪塚とされる一辺22m程の方墳。一部が削られているため形が変っていますが、埴輪が立てられ濠がめぐらされていたと考えられています。反正天皇陵古墳(田出井山古墳)の東側に...
指定なし
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該当するスポットが48件あります。
鈴山古墳
反正天皇陵古墳の東側にある同古墳の陪塚とされる一辺22m程の方墳。一部が削られているため形が変っていますが、埴輪が立てられ濠がめぐらされていたと考えられています。反正天皇陵古墳(田出井山古墳)の東側に...
天王古墳
反正天皇陵古墳東側にある円墳のように見える1辺11m程の方墳。同古墳の陪塚で濠がめぐらされていたと考えられています。反正天皇陵古墳(田出井山古墳)の東側にあり、その陪塚と考えられています。円墳のように...
銅亀山古墳
2段築成がよく残り下段は南側が張り出し長方形を呈しています。仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の西南にあり、高さ5.4mの方墳で周濠の有無は不明です。古くは堂亀山とも記されていたようです。墳丘は高く、2段築成...
鏡塚古墳
古絵図などからは帆立貝形古墳と考えられましたが、平成の発掘調査で周濠をもつ墳丘長径26mの円墳とわかりました。現状は径15m、高さ1.5m程の円墳状の墳丘が残っています。現状は径15m、高さ1.5m程...
菰山塚古墳
現在は円墳状の墳丘が残るのみで旧状をとどめませんが、元は墳丘全長33m、高さ4mの前方部が南向きの小規模な帆立貝形の前方後円墳でした。現在は住宅に取り囲まれた円墳状の墳丘が残るのみで旧状をとどめません...
湯の山古墳
百舌鳥陵南町の丘陵端部にあった考えられる直径20mの円墳。主体部は長さ2.2m以上、幅1.65mの粘土槨で、収められていたとされる組合式木棺の中から銅鏡と鉄剣が出土しています。百舌鳥陵南町の丘陵端部に...
御廟表塚古墳
中百舌鳥町にある墳丘長約84.8mの前方後円墳。前方部がなくなり濠も後円部側の一部を残し埋め立てられ円墳のように見えますが、本来は帆立貝形古墳とも呼ばれる前方部が短い前方後円墳です。中百舌鳥町にある前...
七観音古墳
履中天皇陵古墳の北側、大仙公園の南入口にあり鉢巻状の壁で保存されています。原形は少し違うようで市の調査では直径32.5m程の円墳であることが判明、碧玉製の琴柱形石製品が出土したといわれています。履中天...
永山古墳
仁徳天皇陵古墳の北西約50mにある全長約100mの前方後円墳。墳丘は2段に築かれ葺石と埴輪があり盾型の周濠がめぐっています。仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の北西約50mにある前方部を南に向けた前方後円墳で...
竜佐山古墳
仁徳天皇陵古墳に南接する全長61mの前方部が短い帆立貝形の前方後円墳。同古墳の陪塚と考えられ、葺石と円筒埴輪があり周濠がめぐっていましたが埋葬施設などは不明です。仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)の南に接して...
孫太夫山古墳
仁徳天皇陵古墳に南接する全長約65mの前方部が短い帆立貝形の前方後円墳。同古墳の陪塚と考えられ周濠がめぐっていたようですが、今ある周濠と前方部の一部は試掘調査に基づき復元されたものです。仁徳天皇陵古墳...
カトンボ山古墳
御廟山古墳の後円部東側にある同古墳の陪塚と考えられる円墳。土砂採集により破壊された墳丘は2段築成の径約50m、高さ約6m程の規模だったと考えられます。御廟山古墳の後円部東側にあった円墳で、同墳の陪塚と...
百舌鳥城ノ山古墳
全長約77mの前方後円墳。室町時代に城として利用されたこともあってか、昭和の破壊時点でも墳丘の形がひどく変えられていました。調査で後円部から竪穴式石室と各種の出土品、前方部から須恵器が見つかりました。...
塔塚古墳
四ツ塚古墳群の一つで一辺約42.5mの方墳。発掘調査で横穴式石室と木棺が確認され、出土・発見された馬具、武器・武具、装飾品や鏡は中期古墳特有のもので5世紀中頃築造と考えられる府の指定史跡です。一辺約4...
平井塚古墳
ニサンザイ古墳から南西約300mにあった百舌鳥古墳群で最後に造られた全長58mの前方後円墳。発掘調査で円筒埴輪や形象埴輪、須恵器の壺や土師器の高杯などが出土しています。ニサンザイ古墳の前方部から南西約...
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