祝・開館!「鉄炮鍛冶屋敷」見学レポート

かつて鉄炮の一大生産地であった堺。井上関右衛門家住宅は、全国で唯一残る「江戸時代の鉄炮鍛冶の作業場兼住居」としてその面影を今に伝えます。この建物が2024年3月、保存修理を終え『鉄炮鍛冶屋敷』として一般公開されることとなりました。一番の見どころは、貴重な資料と現代によみがえった当時の「ものづくり空間」。開館に先駆け、いち早く見学した体験レポートをご紹介します!

江戸時代の一大鉄炮ファクトリー
「井上関右衛門家」とは?

見学に出かける前に。井上関右衛門家では近年、貴重な歴史資料の発見というドラマがあったそう! 井上家の歴史とあわせて、堺市の学芸員 北林千明さんに伺いました。

胸熱。2万点の古文書発見が歴史を塗り替えた!

環濠都市・堺の北部に居を構える井上関右衛門家は、江戸時代に新規参入し、明治時代まで鉄炮製造を続けた鉄炮鍛冶。これまでも歴史ある建物自体は地元で有名でしたが、こと本業の実態となると、子孫の方もほとんど知らないまま長い年月が経っていたそうです。

そんな井上家の歴史のトビラが開いたのが、2014年。ご当主立ち会いのもと、堺市が調査に入ると、主屋の2階や蔵から、まるでタイムカプセルのごとく大量の帳簿や注文書、顧客一覧などが発見されたそう。その数2万点以上、時代は270年間に及びます。長年手つかずだったため保存状態も良く、「質・量ともに日本一の鉄炮製造に関する資料」(北林さん)に躍り出たのです。

さらに解読を進めると、歴史を塗り替える新事実が次々と明らかに。たとえば、太平の世が続いた江戸時代、「鉄炮生産は衰退した」と一般的に考えられていましたが、井上家に限っていえば幕末まで生産が拡大していたこと。また、天保13年(1842)の段階で、堺の鉄炮鍛冶は全国の約8割にあたる239の藩と取引しており、かつ井上家がトップシェアを誇っていたこと……。井上家文書から見えてきたのは、芝辻家・榎並家ら五鍛冶と比べて後発であった井上家が、高い技術力と経営センスで江戸時代を生き抜き、堺を代表する鉄炮鍛冶となったサクセスストーリー!

2018年には「貴重な文化財を後世に引き継いでほしい」と所有者の方から堺市に建物が寄贈され、本格的な整備がスタート。こうして今回、鉄炮鍛冶屋敷がお披露目されることになったのです。


幕末に製造された「井上関右衛門壽次作」の銘がある火縄銃(堺市文化財課提供)。
『文久改正堺大絵図』部分、文久3年(1863)、堺市立中央図書館所蔵。
赤枠部分が、井上関右衛門家や関連職人が集住していたエリア。
西側には鉄炮の試射・訓練をした遠打場も見られます。

 

 

江戸時代の「ものづくり空間」が現代に。
鉄炮鍛冶屋敷の見どころ

井上家の歴史が分かったところで、いざ施設の見学へ。まずは外観ですが、中浜筋に面した建物は界隈でもひときわ大きく、表口17間半(約35m)、面積約950㎡の広大なもの。風格ある門が迎えてくれます。

17世紀後半の井上家の表口は、現在の約3分の1である6間(約12m)だったとか。そこから頭角を現し、屋敷を増改築しながら拡大していったため、外から見ると屋根の高さが異なっているそうです。こんなところからも、井上家の勢いや成長ぶりを知ることができます。

『和泉名所図会』より「堺津鳥銃鍛冶」寛政8年(1796)。
にぎわう堺の鉄炮鍛冶の様子が描かれている。
井上家でもこの絵のように、中浜筋から作業の様子をうかがうことができたのかも?
提供:ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター

館内ではまず、6分ほどの紹介動画を鑑賞。臨場感あふれる映像で、堺と鉄炮、井上家のあらましを学びます。通りに面したこちらの土間は「仕上場(しあげば)」と呼ばれ、鉄炮づくりの最終工程である組み立てや調整が行われた場所。鉄炮鍛冶であった井上家には、ほかの町家にはない特徴を持つ部屋が多くあり、仕上場もそのひとつなのだとか。

堺品質の秘密は「分業制」にアリ
井上家は総合プロデューサーだった!

当時の堺で生産されていた鉄炮といえば「火縄銃」。上の写真はレプリカですが、銃口から弾丸と火薬をつめ、火縄で点火するしくみです。館内には実物の火縄銃の分解展示があり、銃身や銃床、点火装置であるカラクリなど、複雑なパーツで構成されていることがよく分かります。

ちなみに当時の堺では、鉄炮鍛冶がすべての部品を製造していたわけではありませんでした。堺の強みはむしろ分業にあり、「各工程の専門性を高めることで、品質の高い鉄炮をつくっていた」と北林さん。

この鉄炮製造のマネジメントを行っていたのが、井上家をはじめとする「鉄炮鍛冶」たち。彼らの仕事は、鉄を鍛えて銃身をつくるだけでなく、「下職(したしょく)」と呼ばれた専門職人を統括することにもありました。井上家で発見された「通(かよい)」と呼ばれる帳簿には、銃床をつくる台師や金具師、象眼師らとの取引の詳細が記録されています(上画像中央・井上家所蔵)。下職は井上家の近くに居住しており、界隈にはひとつの工場団地ができあがっていたようです。

経営センスの見せどころ?
商談の場「みせの間」を拝見

時代劇でおなじみの帳場も再現されているので、記念撮影もぜひ。
実物の帳簿、顧客の名を記した絵符(実物とレプリカ)なども展示されています。

 

 

続いて、屋敷北側に位置する「みせの間」へ。職住一体の堺の町家では、敷地の奥に設けた居住スペースに対し、通りに面した部屋が “ビジネスの場”になります。ここで展示されているのは井上家が実際に使っていた出納帳である「大福帳」、日々の業務を記録した「萬覚帳(よろずおぼえちょう)」など(上画像右・井上家所蔵)。これらを読み解くことで、井上家の年間受注数や生産数、顧客数の推移が手にとるように分かるのだとか。

一方、長押の上には取引先である大名や藩の名が記された「絵符」がずらり。これは鉄炮などの荷物を運ぶときに添える札で、徳川御三家の水戸藩、大岡越前守の名も。井上家の出入り先が全国の藩に及んでいたことが分かります。なんとすごい営業力……!

「井上関右衛門家は、店売りよりも大名や旗本からの注文生産を得意としていました」と北林さん。館内には詳細な下絵や設計図を添えた「鉄炮注文図面」も多数展示されており、注文主のこだわりが見てとれます。

江戸時代の鍛冶場を再現!
デジタルコンテンツで職人体験も

鉄炮鍛冶屋敷の目玉展示のひとつが「鍛冶場」です。今回、明治期の絵図を元に新築し、鍛冶場を再現。屋敷に残されていた銃身(上画像右から2つ目・井上家所蔵)や、炉に風を送る送風装置であるフイゴなどが展示されています。

真っ直ぐで歪みのない銃身づくりは鉄炮製造の要であり、古墳時代から堺に受け継がれてきた「鉄のものづくり」の象徴でもあります。最新CGを駆使した映像では、炉の炎で熱した鉄板を叩いて鍛え、筒状に整形していく鍛造工程が分かりやすく紹介されています。

さらに、鍛冶場にはもうひとつのお楽しみが!鉄炮鍛冶の仕事をゲーム感覚で学べるコーナーがあるのです。モニターに現れる親方の指示に従って、炉の温度を上げた後、テンポ良く槌を振り下ろすリズムゲームへ続きます。だんだん難易度が上がるのも楽しく、大人も子どもも熱中できそう。

館内には茶室や庭園もあり、まだまだ見どころがたくさん。一流の経営者かつ文化人であった、歴代当主のセンスにもふれられます。江戸時代を通じてまさにこの場所で、活気に満ちた鉄炮づくりが行われていた鉄炮鍛冶屋敷。建物をめぐっていると、当時の職人たちの息づかいが聞こえてくるよう。ぜひ実際に訪ねて、「現代のものづくり」にも通じる先進性や心意気を感じてみてください。

鉄炮鍛冶屋敷(堺市立町家歴史館 井上関右衛門家住宅)

https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/27
https://www.sakai-machiyamuseums.com/teppoukaji/

ほかにもあります!
江戸時代の2つの町家

堺の旧市街では、鉄炮鍛冶屋敷のほかに2つの江戸時代の町家が一般公開され、季節のしつらい、堺の歴史・文化に関する展示イベントも行われています。また、3館を総称して「堺市立町家歴史館」といい、2館共通券、3館共通券の割引もあります。詳細はこちらをご確認ください。

清学院

修験道の道場としての歴史があり、江戸後期から明治初期にかけては「清光堂」という名の寺子屋でもありました。日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えたチベット探検僧 河口慧海(1866~1945)が学んだことでも知られています。国の登録有形文化財。
https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/409

山口家住宅

全国でも数少ない江戸時代初期の町家で、国の重要文化財。主屋のほかに西土蔵、北土蔵、樹齢約200年の大ハゼの木を中心とする庭もあります。桃の節句や端午の節句など、季節に合わせてしつらいが変わり、伝統的な堺の町家の暮らしを体感できます。
https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/157


【鉄炮・鉄砲】の漢字表記について

本記事では「鉄炮」という表記を用いています。「火を起こして鉄を鍛える」イメージのある火扁の「炮」を使うことで、古墳時代から現代まで続く「堺の鉄のものづくり」技術の象徴としています。なお、鉄炮鍛冶屋敷に伝わる江戸時代の古文書の大部分では、火縄銃を指す言葉として火扁の「鉄炮」が使われています。

 

 

協力:堺市文化財課

取材・文:山口紀子 / 撮影:祐實知明

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